記憶はあてにならないもの〜『犬神家の一族』を観て〜

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久々に『犬神家の一族』を観た。

覚えていると思いきや、その複雑な人間関係や事件の結末までかなり記憶があやふやで、観ていって「そうだ、そうだった!」ということが多くて、人の記憶はあてにならないものだなぁ……と。

そうは言っても二度目だからか、カメラアングルや演出など、映像面については初見よりも気づくことが多かった。

疑わしき人物を窓ガラスに映すのも、はっきりくっきりわかりやすい大きさではなく、とてもさりげないし、殺人事件の一報が警察に入ったシーンも窓の外側から電話を受けるところ(セリフも音声もなし)を見せることでそうだとわからせたり、クライマックスで亡くなった父の失望を示すかのように、木枠に入れて飾ってあった遺影の写真が落っこちたり……。

映像の見せ方は何度観ても発見がありそう。

1976年バージョンではなく、市川崑監督自らリメイクした2006年バージョンも見返してみたら(こちらも一度観てるはずなのに記憶があやふや)、これも新しい気づきがあるのかも。

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